2005年4月 ”健康”ということ
2本の足で歩くことが出来るということ、それがこんなにも快適なものだとは思ってもいなかった。
私はまだまだ気付いていないことが多いと実感した。
2月、初めて足を骨折した。その瞬間、メキッともグチャッとも言えるような音がした。
学生時代は運動部に所属していたため、捻挫や怪我は多かった。が、これは捻挫ではないと直感した。
しばらくの激痛の後、普通に歩くことが出来た。それで私は日常の生活をこなしていた。
骨折だと思いたくなかったのかもしれない。
実は骨折の前、私は3週間もの間、発熱に悩まされていた。それが完治したと思った矢先の出来事だった。
毎日、だらだらと微熱があり、時には高熱となり、それでも仕事を続けたために抵抗力が衰えていたと考えられる。
ぼーっとした頭で仕事や家事を行い、全身の倦怠感に襲われながら、つくづく「健康」とは有り難いものだと感じていた。
その症状がやっと治まった時、今度は骨折という事態に見舞われた。
やはりこれはただ事ではない、と感じたのはその日の夕刻だった。病院に行こうとしたが、どこも診療時間は終わっていた。
翌日、あっけなくギプスをはめられ松葉杖の生活となった。ギプスが外れるまでの4週間、本当に不自由な思いをした。
松葉杖は両手がふさがってしまうため、まずなかなか買い物が出来ない。一人で出歩けば不便なことばかりだった。
今の世の中は誰も彼もが急いでいる。レジで片足で立ちながら松葉杖を抱え、財布からお金を取り出すまでのその時間、それは肩身が狭い思いをした。
お店や歩行者通路にある数段の階段さえ一苦労だった。普段であれば何も感じなかったというのが正直な感想だが、松葉杖になってみて、何故ここに階段が必要なのだろうか、と首を傾げることも多かった。
エレベーターがない建物には行きたくても行けない始末だった。
私は書き物をする時、自宅ではなく外で行うこともしばしばあった。自宅という自分の空間を離れ、一人になってお茶を飲みながらこういった文章を書く。それすら両手がふさがっている松葉杖では困難なことだった。
最近のお店はセルフサービスが多い。自分一人では飲み物すら運べないことに気付いた。
身体が不自由な場合、出歩いてはいけないような気分になってしまった。
やっと2本の足で歩けるようになったのは、桜の開花時期についてのニュースが飛び交うようになってからだ。
それでもまだ完治しているわけでもなく、痛みは残り、関節や筋肉が衰えているために普通に歩くことは出来なかったのだが、私は本当に爽快な気持ちだった。
どんなに天気の良い日でも、暖かい陽射しに恵まれた日でも、重たいギプスを付け、両手はふさがり、一人では思うように動けない、そんな状態の中、私は前を向いて歩くことがなかなか出来なかった。
情けない話だが、やはり身体が思うようにいかないために精神面にまで影響が出てしまった。
病気や事故、そして今もこの地球上のどこかで必ず起きている戦争によって、身体が不自由になってしまった人は多い。それがいかなるものかということを私は報道で知り、そのことについて考えてきたが、実際にはやはり客観的な見方でしか受け止めていなかったことに気が付いた。
そして、そういった人々がひたすら前を向いて歩き、普通の人よりもはるかに神々しい光を放って生活をしていることを心の底から素晴らしいと改めて感じた。
このように、こうして生活をしていることを心から感謝しなくてはいけない、私は今そう思っている。
たった4週間、それで全てを知り得たわけではないが、「何か」を感じ取ることは出来た。
これは私に与えられた一つの贈り物だったと思う。困難ではなかった、と。
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