2002年6月 ”NEVER”
昨年3月、アフガニスタンのバーミヤンで2つの仏像が破壊されました。今では多くの人がその名を知っている「旧タリバン政権」によってです。私もちろん含まれていますが、その時「タリバンて何?」と思った人は少なくないはずです。
その仏像が、復元はされずに現状のまま後世に伝える形で保存される見通しとなったそうです。アフガン文化財の保護などを協議する国際会議を共催したユネスコが明らかにしています。理由として以下の3点が挙げられています。
1.大仏復元は文化遺産の価値を減ずる
2.多大な資金がかかる
3.アフガン復興には他に優先課題がある
とし、広島の原爆ドームなどと同様に、破壊された仏像を「歴史のツメ跡」として、現状のまま残すことが望ましい、という結論が出たようです。アフガン暫定行政機構の意見も、仏像の復元にはこだわらず、遺跡の現状保存を進める方針を表明しています。
私はこのニュースにほっと胸をなでおろしました。仏像は復元すべきではないと思っていたからです。復元されてしまっては、この仏像の破壊という出来事が何を伝えたかったのかが見えなくなってしまうからです。確かに歴史的に非常に価値のある仏像が破壊されてしまったことは残念でなりません。幾度となく繰り返された忠告に耳を傾けず、彼等はアジア、そして世界にとって大切な文化財を破壊してしまいました。が、私達は彼等の意見に耳を傾けたことがあったのでしょうか?
「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥ずかしさの余り崩れたのだ。」
私は「モフセン・マフマルバフ氏」のこの言葉が忘れられません。バーミヤンの仏像破壊は「世界の無知を前に、仏像のその「威力」など何の役にも立たないという意味が込められていた」のだと語っています。確かに・・・世界も、私も無知だったのだと気付かされました。
当たり前のことですが、世の中には様々な考え方の人がいます。1000人いれば1000通りの考え方があります。民族・宗教・地域の差、そして国の歴史、多くの異なるバックグラウンドを背負って私達はこの地球上で生活しています。意見の食い違いや対立がないはずがありません。しかしながら、意見や考え方の違うお互いを「理解する」ことは出来ないとしても「認める」ことは出来るはずです。別の意見や考え方を「尊重」することは出来るはずです。それが「出来なかった」ことをこの仏像破壊は証明しているのでしょう。
倒れた仏像は現状のままの形であるべきだと私は思います。決して忘れられてはいけない出来事だからです。この事件から半年後、旧タリバン政権は更なる注目を浴びます。悲しい出来事をきっかけとして。この2つの事件には関連性があります。仏像破壊がそれを証明しています。私達は決して忘れてはいけない。これらの事件を通して、決してその場だけで終わらせてしまってはいけない大切なことが見えてくるからです。
同時に夢のあるニュースも伝えられてきました。バーミヤンの地中深くに、倒れた仏像とは別に巨大な仏像が埋もれている可能性があるというのです。近い将来、巨大仏像の発掘という大きな「ロマン」として海外で注目されることを期待するばかりです。
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