2001年2月 ITでe日本!?Part2〜
21世紀を迎えましたね。私の住んでいる横浜では、1月1日の零時には港で花火があがり、多くの人が新しい世紀を祝っていました。大晦日は雨がぱらついたものの、元旦は、澄み切った青空が広がる穏やかな一日となりました。今年が、そして21世紀が、この青空のようであればいいと、つくづく感じていました。
IT時代と言われるようになってからどのぐらいの時間が経ったのでしょうか。21世紀もITは進化を続け、発展していくことでしょう。でも、21世紀は「IT」ではなく、「心」の時代だと私は考えています。ITが進化すればするほど、問われるもの、それは「心」のあり方なのではないでしょうか。
「心」を表現することは、以前よりもずっと簡単になったように思います。私も含めてですが、こうしてインターネット上で、自分の気持ちや考え方を表現したり、また、同じ様な趣味、思考を持った人同士のメーリングリストなどもあります。そういった事からふとしたキッカケで、今までは絶対に出会えなかったはずの人と出会うことが出来たり、海の向こうにいる人ともコミュニケーションをとることが可能です。こうして、自分のことを誰かに話したり、誰かの話を聞いたりする機会は前よりずっとずっと増えました。実は、顔が見えない分、言いにくいことも言えたり、恥ずかしくて人には話せなかったことも「匿名」の世界では簡単に話せたりもします。毎日、顔をあわせる会社の人や家族よりも、もしかしたら、インターネットを通した友人の方が話しやすいなんてこともあるかもしれません。
でも、こんな風に思ったことはありませんか?こんなに心を解き放って語っているのに、こんなに素直に思ったことを言っているのに、どうして何となく物足りないないんだろう・・・どうして、孤独な気持ちに襲われるのだろう・・・と。文字だから?声が聞こえないから?
では、携帯電話だったらどうでしょうか。私の知り合った若い女性はこんな風に言っていました。「携帯電話に登録していた友達を消すのが快感」なのだと。それは裏を返せば、寂しい悲鳴に私には聞こえました。携帯電話に登録された番号が友達の数。かかってこなくなったら、自分から消去する、新しい携帯電話には登録しない、そして、初めて会った人でもその日に携帯電話の番号を教えあう、、、何もこれが決して悪いことだとは思っていないのですが、今の携帯世代はそうやって人とのコミュニケーションを求めているのだなーと感じます。そして、、、、、電話がかかってこなくなった人の番号は消し去り、新しい番号を登録し、気が付いたら、登録件数がずっと増えました。本当にそれで心が満たされるのでしょうか。自分にはたくさんの友人がいて、大切に思われていると感じているのでしょうか。やっぱり、電話がかかってこないことの方が多くて、どうして?私はあなたの友達じゃないの?そんな風に思ってしまうこと、きっとあるはずです。それは、声だけだから?相手の表情が見えないから?
デジタルを通したコミニュケーションは、時に人々に安らぎを与えてくれることもあります。様々な伝達手段の発展に伴い、以前よりずっとたやすく連絡を取ることが可能になったからです。しかし、それは「諸刃の剣」であって、時には人に大きな「傷」を与える事もあり得るのです。
私が学生の頃は、当然、今のようなデジタル時代ではありませんでした。あの頃、今のように携帯電話やメールがあったなら、どんなに楽しかっただろうと思うことも少なくありません。ただ、どちらの時代でもう一度過ごしたいかと問われると、私はやはり携帯電話もメールもない、コンビニエンスストアと言っても今ほど便利ではなかったあの頃を選ぶと思います。便利になった現在の世の中ですが、その代わりに置いてきたしまったもの、それは、コミニュケーション能力であり、人の心を察する「Face
to Face」の付き合い方なのではないでしょうか。ITが重要視されればされるほど、人々はその利便性に振り回され、人間という生物として大切なこと、それは他の生物がその生物なりの方法で行っていることでもありますが、その大切にされるべきことを忘れてしまっているような気さえするのです。
ずっと前は、、、遠くの友人に久しぶりに会う喜びを、もっともっと楽しんでいたはず。少し言いにくいことを話しても、ちゃんと聞いていてくれているという安心感をこの目で感じていたはず。どんな風に伝えたらわかってもらえるかということを、身振り手振りを交えながら一所懸命話していたはず。でも、それも「動画」を誰もが簡単にやり取り出来るようになる頃には、また感じることが出来るのでしょうか?・・・・・。
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